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[LBFF2010] 「テトロ」

2010.09.29.Wed.02:40
第 7 回 ラテンビート映画祭
「テトロ」

原題: Tetro
製作年: 2009年
製作国: アメリカ=イタリア=スペイン=アルゼンチン
監督: フランシス・フォード・コッポラ
出演: ヴィンセント・ギャロ、オールデン・エーレンライク、マリベル・ベルドゥ

tetro

[あらすじ] (引用: LBFF 公式サイト
17 歳のベニーは、長い間、音信不通だった兄アンジーがブエノスアイレスで暮らしているのを知り、彼の家を訪れる。だが、しばらくぶりに会った兄は、アンジーではなくテトロと呼べと命じ、周りにはベニーを友人と紹介。また、妻には父親が著名な音楽家であることすら隠していた。自分の過去や家族を否定して生きる兄の態度に不満を募らせたベニーは、兄の持ち物から、家族の物語を見つけ出す。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


おりしも、第 67 回 ベネチア国際映画祭でヴィンセント・ギャロが男優賞を受賞したばかりということもあり、LBFFで上映された 「テトロ」 は満席でした。

監督はフランシス・フォード・コッポラということで、ハリウッドの匂いがするのかなぁなんて思ったのですが、作品からはそんな匂いは微塵のかけらもありませんでした。

全編モノクロが基本ですが、現在の軸がモノクロ、過去 (回想) の軸がカラーという珍しい見せ方でした。

モノクロの世界って、とても古く無機質な雰囲気があるのですが、この作品はとても斬新で温もりさえ感じられました。

古いレコードをかけたときに聞こえる雑音のようなものが混じったり、フィルムに傷のようなものがあったりと、現在の軸であっても、スクリーンからは過去の傷のようなものが感じられました。それが、主人公が抱える心の傷につながっているようで...

モノクロの世界で強調されるべきものは、やはり、光と影、光と闇、という 2 つの領域でしょうね。

主人公テトロが、結末を書かない小説家でありながら、舞台の照明技師でもあるという設定が面白かったです。

なぜ結末を書かないのか...。その秘密は、テトロの過去にあるのです。それはテトロにとっては闇の部分であり、未完にすぎない結末には光があたるはずもなかったのですが...

そして照明技師...
自らが光を当てる側で、自分には光が当たらない。父親は華やかなスポットライトを浴びる指揮者。父親との確執が、そのまま自分を光から遠ざけているようにもみえました。

映像としてのみならず、ストーリーの中でも巧に光と影が交差していくところが見ごたえありました。

テトロ (Tetro) という名前。スペイン語の teatro (劇場) から a が抜けていて、なんだか不完全な劇場のように思えました。人生と言う劇場に何かが欠けている... そして、未完の小説... この不完全な存在そのものがテトロなのだと。

未完の小説が弟ベニーの目に触れることにより、過去の家族の物語が明らかになっていくのですが、結末を書かないテトロに変わってベニーが書いた結末は、果たして2 人を家族という絆へ再度結びつけるのか...

モノクロの映像って奥行きがあって、カラーだと気付かない翳の部分に惹かれてしまいますね。その翳に有機的な温もりが感じられたのは、この作品が家族をとらえた物語であったことでした。最後には、埃っぽいブエノスアイレスの街を映した冒頭のイメージとはかなり違うイメージに置き換えられていて (自分の中で)、とても意外でした。


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