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詩的世界に浸る 「永遠と一日」

2011.01.16.Sun.02:38
NHK 衛星映画劇場 放送
「永遠と一日」

原題: MIA EONIOTITA KE MIA MERA
製作年: 1998 年
製作国: ギリシャ=フランス=イタリア
監督: テオ・アンゲロプロス
出演: ブルーノ・ガンツ、イザベル・ルノー、アキレアス・スケヴィス

eternityandoneday

[あらすじ] (参照: NHK HP)
命の終わりを覚悟した詩人アレクサンドレは、入院を明日に控え、娘の家へ向かう途中でひとりの難民の少年に出会う。そこから、少年とアレクサンドレの思い出と現実、そして幻想が入り混じった心の旅が始まる。

1998 年 カンヌ映画祭 パルムドール受賞

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


監督のお名前は存じ上げておりましたが、作品は未見でした。ギリシャ映画って、おそらく初めて観たような気がします。

この作品は、明らかに死に取り付かれた詩人が、街で偶然であった難民の少年と心を通わしながら、あてもなくただ、現実、過去、幻想を行き来する、人生を顧みる旅とでも言いましょうか。

詩的、芸術的、哲学的センスが必要なのか、ワタシのような無知な人間にはやや難解でした。現実、過去、幻想が詩人の頭の中で入り乱れ、どこまでが記憶で、どこまでが幻想なのか。叙事的な描き方で、情緒性がほとんど感じられないのは、詩人には、重苦しい表情以外に特に際立った表情がないことが起因していると思われます。

死と対峙した、重苦しくひんやりとかさついたトーンでも、退屈にならなかったのが不思議です。

ワタシが気になったキーワードがいくつかあります。言葉を買う詩人、死者、難民、旅、海辺の家、水平線、バス...

アレクサンドロスは、詩人ですから言葉へのこだわりがあり、言葉の中でしか生きていられない世間ずれしているのです。そして、少年に言葉を買う詩人ソロモスの話をするのですが、このアルバニア難民の少年から、アルバニア語の言葉を買うのです。

言葉を買うという行為が興味深くて...。そうそう、語学を勉強したり、本を読んだりするのも、ある意味、言葉を買う行為のような気がします。

少年は難民で、人買いにさらわれ売り飛ばされそうになるところをアレクサンドロスに助けられます。少年はやがて難民仲間と旅 (密航)に出てしまうのですが、この少年は、詩人の元にちょっとだけ立ち寄った 「旅人」 に過ぎないのです。 

旅人とのふれあい...。自分自身もまた旅人なのですよね

ラストに詩人が回想の中の妻に「明日の時の長さは?」 とたずねると、妻は 「永遠と一日」 と答えるのですが、永遠と一日という矛盾した回答は、ずっと頭にひっかかったままです。明日は一日きりだけど、記憶の中では永遠に残るものであるということなのでしょうか。

どうして明日の長さをたずねたのか?今日じゃダメなの? ... とつらつら考えると眠れなくなりそうです。

何か鮮烈な印象を残したというわけではないけれど、忘れがたい言葉を残してくれた作品でした。



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