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運命と偶然,,, 「(500) 日のサマー」

2011.06.06.Mon.22:08
「(500) 日のサマー」
DVD

原題: (500) Days of Summer
製作年: 2009 年
製作国: アメリカ
監督: マーク・ウェブ
出演: ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ズーイー・デシャネル、ジェフリー・エアンド、クロエ・グレース・モレッツ

500daysof summer_poster

[あらすじ] (参照: MovieWalker
グリーティングカードの会社に勤めるライター、トム・ハンセン (ジョセフ・ゴードン=レヴィット) が、初めてサマー・フィン (ズーイー・デシャネル) に会ったのは、ボスが新しいアシスタントとして彼女を紹介した時だった。それがサマーとの 1 日目。トムは一目で恋に落ちた。ふとしたことでトムとサマーは近づき、2 人の 500 日にわたる交流の物語が始まる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


500 日でなく(500) 日と、数字が括弧の中に入っているのはなぜ?と多くの人が思ったに違いありませんが、この作品では、トムとサマーの 2 人の物語が日めくりのような形式で語られ、出会いから何日目かということが括弧付き数字で画面に表示されるので、そのままタイトルになったようです。

ストーリーの展開で、時系列は、先へ進んだり、前へ戻ったりするので、気が抜けません。何日目かという、時点ごとに、サマー、あるいはトムの心情がどう変化していくかということが描かれています。

冒頭に、この作品はラブストーリーではないというナレーションが流れるのですが、見終わると、いや、やっぱりラブストーリーでしょう... と思ってしまったのです。

草食系男子と思われるトムが、ちょっととらえどころのないサマーに翻弄されるラブストーリー。

何しろ一目惚れしたトムは、その相手のサマーから友だちでいましょうと、早々に宣告されているにものかかわらず、サマーとの出会いは運命だと信じ、恋愛というプロセスに縛られていくのですが、サマーは現実主義者でプロセスにも、男女の性的関係にもこだわらないのです。

当然、2人の間には、明らかに溝があるのですが、トムにはその溝が見えていないのです。

相手が自分に何かひとつ与えてくれると、たとえばキスだったり、それが恋愛の行為だと勘違いしてしまう... 人によって恋愛の行為の価値観、定義って違うということを、2 人の対比を通じて、とても説得力が感じられれて、面白かったです。

デートをした、キスをした、一夜を共にした... ああ、そこまで許してくれているのだから、もう自分の女だと勘違いする男。その逆もしかり。もう自分にぞっこんな男だと勘違いする女。

トムは、そのひとりよがりの勘違いを、運命 fate だと思い込んでしまったものだから、サマーが本当は何を感じ、何を求めていたのか気付くことができなかったのだと思います。

サマーにとって重要なのは、偶然 coinsidence だトムに言うのですが、運命と偶然、一体何が違うのでしょうかね~。

ワタシの中では、fate は、最初から決められた出来事というイメージで、coinsidence は、想定外の降って湧いた出来事のようなイメージだけれど、運命論者のトムも、現実主義者のサマーも、男と女の出会い (boy meets girl) が、人の手の及ばない出来事だという認識していることは同じだったのだと思います。

終盤、サマーからパーティに呼ばれるトム。トムの頭の中にあった 「期待」 のシーンと 「現実」 のシーンの対比させながら、トムが 2 人の間にある溝を理解していなかったこと、ひとりよがりの恋愛に酔っていたことに気付く衝撃的な場面。その最後の一撃を、サマーはどう伝えるべきか、おそらくずっと迷っていたのだと思います。

ラブストーリーではないという前置きは、片想いの話だからラブストーリーが成立していないという意味なのでしょうかね。まぁ、確かに...

ラストがね... とっても心憎いのです。そうか、そういうことねと...。


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