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理解し合えないものとは... 『別離』

2012.05.20.Sun.17:49
『別離』

原題: Jodaeiye Nader az Simin
製作年: 2011 年
製作国: イラン
監督: アスガー・ファルハディ
出演: レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、サレー・バヤト、サリナ・ファルハディ、ババク・カリミ

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[あらすじ] (引用: MovieWalker
ナデル (ペイマン・モアディ) とシミン (レイラ・ハタミ) は結婚 14 年の夫婦。間もなく 11 歳になる娘テルメー (サリナ・ファルハディ) とナデルの父の 4 人で、テヘランのアパートで暮らしている。娘の将来を案じたシミンは国外移住を計画し、1 年半かけて許可を得たものの、ナデルの父がアルツハイマー病を患ったことが誤算となる。介護の必要な父を残して国を出ることはできないと主張するナデルと、たとえ離婚してでも国外移住を希望するシミンは対立。話し合いは裁判所に持ち込まれるが、協議は物別れに。これを機にシミンは、しばらく実家で過ごすこととなる。そこで、家の掃除と父の介護のために、ラジエー (サレー・バヤト) という女性を雇うナデル。しかし、男性の体に触れることは罪ではないかと心配する敬虔なイスラム教信者のラジエーは、ナデルの父の奇行に激しく動揺。そんなある日、ナデルとテルメーが帰宅するとラジエーの姿はなく、ベッドに手を縛りつけられた父が倒れ、気絶しているところを発見。激昂したナデルは、ほどなく家に戻ってきたラジエーをなじり、手荒く追い出す。その晩、ラジエーが病院に入院したことを知ったナデルは、シミンと一緒に様子を見に行き、彼女が流産したことを聞かされる。これにより、ナデルは 19 週目の胎児を殺した“殺人罪”で告訴されてしまう。

第 61 回 ベルリン国際映画祭 金熊賞、銀熊賞 (男優賞&女優賞)
第 84 回 アカデミー賞 外国語映画賞

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


娘の教育をめぐり対立する夫婦の離婚の危機、認知症の老父の介護、家政婦として雇われた貧しい階級の女性と夫。本作は、2 組の夫婦を中心として、家族をめぐるイスラム社会の現実を淡々と描いた作品である。

今年これまで見た作品の中では、断トツに良かったと思える作品だった。

理解し合えない 1 組の夫婦の諍いが、もう 1 組の夫婦を巻き込み、誤解、罵倒、非難、対立へと縺れ合っていく。そして、そこにイラン社会特有の階級差、男女差、イスラム教の戒律、老人介護などの要素が絡んでいくものだから、ますます縺れた糸が縺れていく。

この縺れた糸は果たして解けるものなのか。

理解し合えないということ、相容れないということが、この映画のテーマなのかと思うほど、主張と衝突と曖昧さが次から次へと描かれ、事態が収拾しそうもない複雑さを呈してくる。ヒューマンドラマのはずが、まるでサイコサスペンスでも見ているような緊張感や、心理的な圧迫感もあり、ワンシーン、ワンシーンをとらえるカメラだけが冷静だ。

イラン社会特有の問題はあるにせよ、現社会における人間同士の理解と誤解はどこから始まるのかということは、古今東西共通なのではないかと思う。理解し合えないことの原因は、経済差だったり、宗教・文化の違いだったり、傲慢や嫉妬といった情緒だったり。それは、「違い」 を認めることができない人間の心の狭量さとも関わっていると思う。

そして、さらに人間同士の理解を難しくさせるのは、口から出てしまった嘘である。嘘をつけば、罪悪感に苦しむ。嘘をつくにはそれなりの理由があるにせよ。理解し合えない人間たちの利己的な行為の醜さもサラリと描かれている。

ラストでテルメーが出す結論は一体どちらなのだろうかというところで終わってしまう。ナデルとシミンの娘テルメーは、監督の実子なのだそうだから、余計に気になるし、心憎いところでもある。これは、どちらに結論が出ようとも、それが正しいとか正しくないとか、完全に理解できるとかできないとか、そうした判断を誰も下せないということなのだろうなと思った。


アスガー・ファルハディ監督インタビュー
http://eiga.com/movie/57557/interview/


◆ Pros
- 微妙な心理を綴った良く練り上げられたヒューマンドラマ
- 冷静なカメラワーク


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