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フランス映画祭2012 『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう / 足立正生』

2012.07.15.Sun.18:19
フランス映画祭 2012
『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう / 足立正生』

原題: Il se peut que la beauté ait renforcé notre résolution / Masao Adachi
製作年: 2011 年
製作国:フランス
監督: フィリップ・グランドリュー
出演: 足立正生、小野沢稔彦

adachi_masao

[あらすじ] (引用:フランス映画祭公式サイト)
政治的な前衛映画監督たちを被写体にしたドキュメンタリー・シリーズの第一弾となる本作は、1960 年代に鮮烈な映画を次々と世に生み出し、若手芸術家の筆頭として注目されるも、やがて革命に身を投じた足立正生のポートレートである。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


本作は、前衛作家を被写体としたドキュメンタリーシリーズの一環として製作されたもの。

ドキュメンタリー作品であるが、足立監督の延々とモノローグが続く。

対話のない独白。なんとも孤独なドキュメンタリーだと思った。

燦々とした太陽の光を拒むかのように、映像は薄闇が迫る夕暮れ時の公演の映像から始まる。

そうした薄暗い映像をバックにモノローグが流れるので、まるで足立監督が詩を即興で作り、語りかけているかのようにも思えた。

私が孤独だと感じたのは、なぜだろうかと考えたのだが、それは監督の人生における、美学、政治、社会との闘争の歴史があったからなのだろう。

そうした闘争には、勝ち負けなど存在しない。はたして美学的、社会的、政治的な闘いの行きつく先には何があるのだろうか。どこまでも、その到達地点を追い求め続ける孤独な戦士という姿が見て取れる。

カメラを回したフィリップ・グランドリュー監督が、問いかけたもの、語りたかったものは何だろうか。映像作家が他の映像作家を被写体にすることで見えたものは何だったのだろうか。美学的解釈は難しいと思ったけど、Director's Note によるとテーマは 「映画と友情」 なんだとか。難しく考えずとも、答えは意外と手近なところにあったようだ。


◆ Pros
- ドキュメンタリーでありながら詩的な映像

◆ Cons
- 足立正生についての知識がないと理解が難しい。


参照:トークショーレポート
http://www.unifrance.jp/festival/2012/report/2012/06/624.html


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