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エキセントリックな愛憎劇... 『私が、生きる肌』

2012.09.14.Fri.23:38
『私が、生きる肌』

原題: La Piel Que Habito
製作年: 2011 年
製作国: スペイン
監督: ペドロ・アルモドバル
出演: アントニオ・バンデラス、エレナ・アナヤ、マリサ・パレデス、ヤン・コルネット、ロベルト・アラモ

La Piel Que Habito

[あらすじ] (引用: Movie Walker
謎めいた雰囲気を漂わせる女性ベラ(エレナ・アナヤ)は、全裸と見まがうしなやかな肢体に肌色のボディ・ストッキングをまとい、ヨガの瞑想に耽っている。彼女は画期的な人工皮膚の開発に没頭する天才形成外科医ロベル(アントニオ・バンデラス)によって幽閉されていた。ロベルが夢見るのは、かつて非業の死を遂げた最愛の妻を救えるはずだった“完璧な肌”の創造。あらゆる良心の呵責を失ったロベルはベラを実験台に、開発中の人工皮膚を移植し、今は亡き妻そっくりの美女を創り上げてゆく。そして、ベラは一体何者で、どのような宿命のもとでロベルと巡り合ったのか。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

全身整形の話だとのふれこみだったけれど、アルモドバル監督が強烈に放つ愛の物語だった。

この物語は、たとえばモラルとか、常識とか、そうした人間社会の線引きを超越して現実離れしているのに、妖しく、危険で、美しいと思えてしまうから不思議である。

人工皮膚で全身と顔を変えても、人工皮膚の下は何ら変わらないのである。外見を新調しても、内面で積み重ねられたその人が生きてきた歴史、性格は真っ新になったりしない。そんなことわかりきったことではあるが、外見は錯覚を与える。

物語は時間軸をずらして構成され、全身整形を受けた美女がなぜそこに監禁されているかという謎が解き明かされていく。最後には、あまりにエキセントリックな愛に衝撃を受け、そんなことってあるのだろうかと瞬く間に現実に引き戻される。

天才形成外科医が最先端の技術を駆使して“完璧な肌”を開発し、亡き妻そっくりの美女を創り上げている。アブノーマルで、偏執的で、病的なその設定に普通なら思わず目を背けたくなるのだが、映像の中で繰り広げられる空間が芸術空間そのもので、目を背けるどころか、目が離せなくなる。

たとえば、創り上げられた美女が纏った肌色のボディストッキングは、ジャン=ポール・ゴルチエのデザインだそうだ。ついつい見入ってしまうような衣装。こうした演出は、アルモドバル監督ならではの美的感覚だなと思う。

本作はフランスの作家ティエリー・ジョンケの小説『蜘蛛の微笑』を原作とし、アルモドバル監督が脚色したそうだ。

医師の邸宅で女の世話をする家政婦の息子がカーニバルの帰りに立ち寄り、女を襲うところから、医師と女の静かな禁断の生活が破られ、その綻びをきっかけとして真実が明らかになっていくという展開は興味深々だった。

見てはいけないものを見てしまったなと。そんな気分で映画館を後にすることになる。



◆ Pros
- これまでにない禁断のストーリー
- 衣装、セットの芸術性の高さ
- ロマンスなのかサイコなのか

◆ Cons
- エキセントリック過ぎる設定


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